やまなしの情報や看板犬の日常を南総里見八犬伝ならぬ南都留富士見4犬伝でリポートします。


by someday3601
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カテゴリ:お客様( 2 )

食欲の秋

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先の連休中は台風16号絡みではっきりしない天気で時折小雨もありました。そんな中、常連さんほか連日満室で本当に感謝しております。

 そして諸国の名物物産などを御土産に頂くわけなんですがこれがまあ懐かしいものから、珍しいもの、変わったものなど色々です。いえねケチをつけよってワケじゃないんですよ。
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 その中から・・・・浅草今半と言えば・・・・・おそらくは牛のしぐれ煮とか・・・・ご飯が進みますね。
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そして八幡屋礒五郎の唐辛子・・・・・
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まあ先述しましたが以前は浅草新仲見世のやげん掘りを御用達としておりましたが・・・・河口湖に移り住んでからは長野県の善光寺の八幡屋さん一筋です。

 っで仲見世とか新仲見世とか・・・・同じ名前が多いので気になっていたところ・・・・調べてみると結構多いわけです。仲というのは人が集まるとか内側という意味で見世とは商品を売り買いするところですなわち市場のような
ところなんだそうです。当時は駅やないから今で言うようならば道の駅みたいなものでしょう。当時はお寺や神社の参拝に人が集まり宿ができたり市場ができた。であるから浅草の浅草寺や長野の善光寺など周辺に仲見世通りというのが今なお存在します。伊勢神宮がお伊勢さんと呼ばれて初詣など年間を通じて数百年前から人気の旅のスポットであり・・・・・やはりおかげ横丁など栄えて今日まで続いています。

 さてさてもうスカイツリーすら行っていないからなんだけど・・・・たまなおじいさんとおばあさんの墓参り兼ねてゆきますか。神谷BARもまだあるかなあ。

 それから長野市は善光寺によって発展した街です。ですからこれら長野の盆地を善光寺平というそうです。うちは朝昼晩味噌汁を頂きますが・・・・それこそ善光寺平という名の白味噌を好んで使わせてもらっております。そして今回頂いた八幡屋礒五郎!!最強の組み合わせ!!

 なんかちがうぞ!!!味噌汁に入れるまで気がつかなかった!!!☠ ふりかけだったんだ。もう缶が同じだからすっかり思い込みすぎてよく見てなかった。七味からしと思ったら・・・七味ごまって書いてあった。
 それもそうか・・・・・長野のリンゴに比べて見たってこんなにも大きな缶に唐辛子入っていたら値段も馬鹿にならないけど何よりも湿気ってしまいますよね。

 でもこれはこれで名物なんだってばよ。少し前におじゃマップでザキヤマと香取慎吾がこのふりかけ買っていたのを妻が思い出しました。

 とにもかくにも今夜が楽しみです。六本木のテオちゃん横浜のラズベリーちゃんのファミリーに感謝感謝です。今度は手ぶらで来てくださいね。会いに来てくださったことが一番嬉しかったです。
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PS付け足しでもう一つ・・・・江戸歌舞伎の発祥の地は山梨県の市川三郷蝶ですが武田氏が織田軍に滅ぼされた時に関東に逃げ千葉県の成田山新勝寺に庇護されたのは先述しましたが、そのために屋号は成田屋といいます。やはり人の集まるところで市場だけでなく歌舞伎や人形浄瑠璃、能などが庶民の娯楽として流行っていたのでした。浅草の浅草寺の携帯近くにもやはり九代目市川團十郎の像があるのも納得ですね。
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by someday3601 | 2016-09-20 19:07 | お客様

黄綬褒章

  どのような仕事も尊いしまた流した汗も涙も等しく価値があるものだろう。それでも凡人では到達できない領域・・・特殊な技やその真髄・感性というものがあるだろう。努力だけではなれない・・・人はそれを天才或いは巨匠・達人などと言う。

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 遠州瓦をご存知か?
静岡県での瓦製造は駿府城築城の折、三河の瓦職人が移住し、巴川(清水)の良質な粘土を原料にいぶし瓦を生産したのが始まりとされ、その後、大井川、太田川、天竜川等の良質な粘土を産出する地域が産地として発展し、特に天竜川・太田川沿岸の県西部地区の瓦は、「遠州瓦」の名で高い評価を得ました。
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 「鬼瓦」は、別名「屋根留め瓦」といい、屋根の棟の両端に置く大きな瓦のことで、江戸時代以降庶民の住宅の屋根を飾るようになり、菊水、雲水、若葉、龍、古代鬼面等の紋様をし、特に鬼の顔を象って魔除けとしていました。
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 名倉氏は初代勇八氏が明治初期、大東町で瓦と鬼瓦の製造を始め、2代目紋太郎氏が浜松市で、3代目秀三氏が袋井市に工房を作り、一時浜松に移ったものの、昭和21年より現在地において鬼瓦の一筋に制作し、4代目の孝氏は昭和24年から3代目に弟子入りし、現在まで鬼瓦の一筋に制作に従事をしています。
遠州鬼瓦の大きな特徴は、地元のたんぼの床土を使っていることです。地元の床土は、太田川の沿岸で取れる粘土で、木目がこまやかで滑らかなところが特徴です。この土を使うことで「遠州鬼瓦」独特の銀色の光沢が生まれます。しかし、この土は木目がこまやかなために、焼き上げには細心の注意と人一倍の手間がかかります。
 そして、原土づくりから焼き上げまでをすべて手作業で、昔ながらの伝統的技術で製造されています。県内でも、鬼瓦を製作しているところはありますが、他県の土を使ったり、焼き上げは別のところでやっていることが多く、原料の土造りから焼き上げまで一貫して製造しているところはほとんどありません。
 手作りの鬼瓦が見られる機会は少なくなりましたが、貴重な伝統技術を絶やすことなく、あのいぶし銀の光沢を失いたくないものです。

とまあ文献より引っ張り出し自分も勉強しました。遠州瓦という名称はしっておりましたがなかなかどうして・・・・いつか鬼瓦のある家に住んで見たいものです。それは無理かあ(笑い)  沖縄のシーザーならば可能かもしれませんね。しかし鬼瓦もシーサーも魔除けになるのだから縁起物として飾りで欲しいですが・・・・
この4代目鬼秀氏(名倉孝氏)は数々の賞をお持ちですが・・・ひときわ際立つのは黄綬褒章の受賞です。天皇陛下にも拝謁されてます。


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 そんな4代目鬼秀ご一行様と愛犬(柴犬の心之介くん)が先週サムデイに遊びに来てくださいました。
by someday3601 | 2014-10-16 18:48 | お客様