やまなしの情報や看板犬の日常を南総里見八犬伝ならぬ南都留富士見4犬伝でリポートします。


by someday3601
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カテゴリ:歳時記( 19 )

胡桃の収穫

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毎朝の散歩で胡桃を拾っては・・・・・周りの果肉が熟れて真っ黒になった段階がいいのか?それとも青い物も含めて身を取って水洗いしたほうがいいのか?ただしまだ青い実の場合には中身が小さかったように思ったので・・・・個人的には周りの実を栄養に中身が育つような気がしました。いずれにしても胡桃を拾ってます。

ともあれ胡桃の事をもっとっ知りましょう。以下文献他から
12の効能
1・ダイエット効果
2・便秘解消
3・美肌効果
4・美髪効果
5・血液サラサラ効果
6・生活習慣病改善・対策
7・滋養強壮
8・アンチエイジング
9・癌予防
10・疲労回復
11・不眠症改善
12.記憶力向上
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いいことだらけの胡桃ですが食べ方や量、食べ合わせなど詳しいことは自身で調べてみてください。チャイコフスキーの「くるみ割り人形くらいは知っていても・・・くるみ割り人形って何?と疑問すら持ったこともなかった。本当にくるみを割るための人形とは思いませんでした。くるみの木で出来た人形なのかなあ?くらいに興味もありませんでしたがくるみを拾ったばかりに知ったこれらの事。以下も文献より

「くるみ割り人形」は英語では「The Nutcracker」といい、文字通り、くるみを割るために使う道具のこと。
ドイツの民芸品として有名で、ひげを生やし鮮やかな色の制服をまとった兵隊姿です。クリスマス用品だけでなく、装飾用やお土産品のニーズで広く流通しています。使い方は簡単で、あごの部分にくるみを入れて、後ろのレバーを押して殻を割ります。日本のクルミ(オニグルミなど)はこの人形で殻を割ることができません。
欧米のクルミとは種類が違って殻が硬いからです。無理に割ろうとすると、人形そのものが壊れてしまう危険がありますから、ご注意くださいね。

そんな民芸品がタイトルになったバレエ「くるみ割り人形」。欧米ではクリスマスの風物詩でもあり、親が子どもを連れて観に行くのが習慣です。オーケストラが生演奏する美しい調べに乗せて繰り広げられるバレエ、本格的な舞台装置や小道具に華やかな衣裳、細かいお芝居など、子どもだけでなく大人も楽しめるので大人気の演目なのです。では、なぜ「くるみ割り人形」はクリスマスに上演されるのでしょうか。答えは、この物語がクリスマスのおはなしだから。
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くるみ割り人形とねずみの王様  Nußknacker und Mausekönig  ETAホフマン原作のメルヒェン。
原作は、ドイツの作家ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」という童話で、2幕3場の構成。

<第1幕>
クリスマス・イブ、賑やかな踊りが披露されているパーティで、少女クララは人形使いからくるみ割り人形をプレゼントされます。12時の鐘が鳴ると、なぜかクララは人形と同じ小さなサイズになってしまい、そこへねずみの大群が押し寄せてきたから、さあ大変!
くるみ割り人形はおもちゃの兵隊を指揮してねずみたちと戦うことに。クララの活躍で勝利を収めると、なんとくるみ割り人形は王子様に変身! 雪が舞う中、クララをお菓子の国へ連れて行くのです。

<第2幕>
金平糖の精に迎えられ、ふたりを歓迎する踊りが繰り広げられます。スペインの踊り、アラビアの踊り、中国の踊り、ロシアの踊り、花のワルツ。王子様と金平糖の精(もしくはクララ)のグラン・パ・ド・ドゥ(ふたりの踊り)など、楽しい時間は過ぎていき、夢見心地のクララ。気づくとそれはみな、夢だったのでした……。

 なんだかファンタジーですね。メルヘンではなくメルヒエンの字が以下にもドイツっぽいですね。これでクリスマスの時期に良く見かける人形が・・・・なんか日本のコケシのように木で出来ていて素朴なものがくるみ割り人形だったんだと知りました。しかしあくまでオーナメントのようなもので実際の人形でも日本に自生するくるみは硬くて割れないと言うことなので100円shopでナッツクラッシャー買ってきました。

胡桃の木を植えようか・・・・・でも何年後に収穫できますかね。その時自分たちはこの場所にいないかもしれないけど後輩の為に植えておきましょうかね。因みに胡桃の花言葉「知性」「謀略」「知恵」「野心」だそうです。
木は家具などによくつかわれますよね。ウォールナッツ。大草原の小さな家を思い出しました。終わり


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by someday3601 | 2016-10-14 17:09 | 歳時記

書き初め

仁儀礼智忠信孝悌



書き初め(かきぞめ)という言葉は知っていても漢字で初め(ぞめ)は初めて知りました。こうしてPCやスマホばかりだとなおさらですね。

そもそも書き初めとは古来から続いてきたお正月の伝統行事で、もともとは宮中の一部の文人の行事から始まっていたと言われていて、正月の二日に墨と筆という日本古来の筆記用具を使い新年の目標や座右の銘を書くというものでした。後に明治時代頃になると学校教育で習字が必修科目となったため、書き初めが盛んになっていったと言われています。そして、正月の二日は仕事始めとされており、その昔の農家や商家ではこの日から仕事を始めていたんだそう。この習慣にならい新しい年の始まりに字を書いたり絵を書いたりする書き初めが広まっていきました。

一年の仕事始めとしてその年の抱負や目標などを書き、うまくいくことを願うという意味で行われています。



調べてみました。
書き初めとは、年が明けて初めて毛筆で書や絵をかく行事。通常は1月2日に行われる。元は旧暦の1月2日に行われた。吉書(きっしょ)、試筆(しひつ)、初硯(はつすずり)、筆始(ふではじめ)などともいう。
若水で墨を摺り、恵方に向かって詩歌を書く習慣があった。書く詩歌は「長生殿裏春秋富、不老門前日月遅」という漢詩がよく用いられた。もともとは宮中で行われていた儀式だったが、江戸時代以降庶民にも広まった。
書き初めで書いたものは左義長(先のドン度焼き)で燃やし、その炎が高く上がると字が上達すると言われているる。毎年1月5日には東京都千代田区にある日本武道館で公益財団法人日本武道館が主催する書道事業の行事として全日本書初め大会が約4,000人を集めて催され、全国的に各種メディアで放映される。これは新年の風物詩の一つとなっている。

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写真は田村心宰氏はサムデイファミリーの八王子のゴールデンR田村アルボ君のオーナーの御兄弟です。
1月20~24日まで、東京・銀座洋協ホール(ギャラリーセンタービル6階)。幕田魁心をはじめ約60人。第3回田村心宰展を併催。
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自分にはよくわかりませんがこの写真の字が好きです。なんて書いてあるんだろう。


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海(うみ)
 磨った墨を溜めておくところ。他に、墨池(ぼくち)、硯沼(げんしょう)、
 水池(すいち)と呼ばれることもあります。

丘(おか)
墨を磨るところ。墨堂(ぼくどう)、墨道(ぼくどう)、陸(りく)と呼ばれることもあります。

縁(ふち)
硯の周囲の盛り上がったところ。この縁の部分に彫りが刻まれたものもあります。

硯側(けんそく)
硯の側面。彫刻や文様がなされたものもあります。

硯面(けんめん)
硯の表面全体のこと。硯表(けんぴょう)と呼ばれることもあります。

硯陰(けんいん)
硯の裏面全体のこと。硯背(けんぱい)と呼ばれることもあります。
  
   自分は何も知らずに書初めしていたんだなあ。字が下手で習字は嫌いでしたが、墨の匂いは好きだったなあ。



ちなみに日本の硯の材料産地は、山口県宇部市の赤間石、宮城県石巻市の雄勝石、三重県熊野市の那智黒石、山梨県早川町雨畑の玄晶石(粘板岩)等である。その中でも赤間石との雄勝石の二つは百年以上の歴史があり、国の伝統工芸品指定を受けている。しかし雄勝石は2011年3月の東日本大震災で石巻市の旧雄勝町地域が大きな損害を受け生産が停止したため、入手は困難になった。

雨畑硯(あまはたすずり)は山梨県南巨摩郡で製造されている硯である。雨畑硯の起源は2つあり、永仁5年(1297年)に日蓮の弟子である日朗が七面山を開く際早川支流の雨畑川で蒼黒色の石を発見し、この石で良質の硯が作れると伝えたのが始まりとされている説と、元禄3年(1690年)に雨宮孫右衛門が身延山へ参拝した際に早川で黒色の石を発見し、これを硯にして天明4年(1784年)に将軍徳川家治公へ献上したという説がある。双方の説には発見した石が「玄晶石」と言われる粘板岩であることが共通している。しかし時代と共に硯の文化は衰退していき、現在雨畑地区で製造されている工房は「硯匠庵」1件のみとなっており、職人も1人のみと後継者不足に悩まされている。一方で富士川町の旧鰍沢町域でも同じ岩石・製法で雨畑硯が作られており、こちらでは加工業組合も結成されているほか、数件の工房と数人の職人がいる。
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by someday3601 | 2016-01-24 15:54 | 歳時記

道祖神とどんど焼き

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文献より

道祖神(どうそじん)
 道祖神は日本の民間信仰の1つである。聚落の辻(道路の分かれ道)や集落の境などに石碑、丸石、男女和合の神像などの石造物が祭られて、サヘノカミまたは道ろく神などとも呼ばれてきた。旅行安全、防災、縁結び、子供の神さまとして民間信仰の対象となっている。一般的には、道祖神は、道行く人をわざわいから守り、その地域の村人やこどもたちを守り、悪疫悪霊に立ち向かい、愛をはぐくむ神様として祀られている。古老の教えでは、道行く人は、道祖神にさしかかったときは、必ず礼拝するか、会釈をして通り過ぎなければいけないとされた。
 「日本書紀」では、サヘノカミをフナド(岐)と現して、外界から押し寄せてくる疫病の魔障を防ぐものと書いている。また道祖神の石碑には台石や表石に天鈿女命(あまのうずめのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)と記して祀っているところもある。猿田彦命は体が大きく、鼻が高く、口尻の赤い神。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)降臨のとき、天鈿女命とともに高千穂峰へ案内した。神々の旅の先導を務めた故事から、中世以降、道祖神、庚申と習合し、道案内の神・旅の守護神ともなった。
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道祖神は全国的に小正月に祭られ、ドンド焼きが行われる。ドンド焼きの火であぶった焼きだんごを食べれば、風邪や歯痛を病まぬとされ、焼いた灰を用いれば農作物の悪虫害の防ぐなどとされ、多様な信仰に発展している。
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文献より
どんど焼き(どんどやき)
 1月14,15日の小正月の道祖神祭行事をいう。中世の宮中行事左義長が起源と云われる。地域の各戸から、正月の門松、ササ竹、しめ飾りなどを集め、14日夜、道祖神場で燃す。その燃える火を形容してどんど焼き、どんどん焼きとも地方的に呼び方がある。<>  火は古代から神聖視され、その威力に神力を信じてきたので、今でもどんど焼きの火で、上新粉(米の粉)で作った団子を焼いて食べるとかぜをひかないと言われる。またこの火のあおりで、子供たちは書きぞめの紙を空へ上げるが、高く上がれば書道の手が上がる-というならわしが各地で続けられている。そして燃え残った灰を持ち帰り家の周りにまくと、一年家内安全になると言われている。
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繭玉だんごと養蚕

 どんど焼きで食の楽しみといえば、繭玉団子を焼いて食べることである。地域によっては、これに甘酒などがふるまわれる。なぜ、団子なのか、最近ではあまり深く考える人もないようである。
 繭玉団子は、上新粉(米粉)をこねて、蚕の白い繭の形にまるめた、蒸した団子である(あるいは真ん丸のもある)。昔は14日昼には作り出し、桑の枝、柿の枝などにさして、神棚や大黒柱に飾っておく。篤農家ほどこの繭玉飾り(だんごばな)は大きく作り、夜のどんど焼きには、こどもたちに持たせて、送り出したのである。
 どんど焼きの火勢が弱まると、団子を焼く段取りとなる。「これをくえば、この1年を健康で過ごせるぞ」とか「むしばにならないぞ」といって、繭玉団子をオコヤの熾き火で焼いて食べる。山梨市下井尻地区の現在のやり方では、細い竹の先に針金をくくりつけ、この針金に団子を刺して、熾き火の上であぶる。魚釣りをしているようにも見える。
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繭玉団子には、地域の生業であった養蚕の繁盛を祈る心も込められている。
 その背景として、山梨の道祖神場では、「蚕影山」と刻まれた養蚕神を祀るところが多いことがあげられる。山梨では、古来農民の現金収入を支えたものが養蚕であった。養蚕は蚕を飼い、生糸を産出する。昭和40年代までの山梨の農家の暮らしは、春の麦の収穫、田植えが終わると、夏蚕が始まり、初秋蚕、晩秋蚕と三度の養蚕をこなし、そして稲刈り、麦の播種が終わって、農閑期となる。その中で、なんと云っても現金収入の柱は養蚕だった。(11月に開く甲府最大のお祭り「えびす講祭り」は、そうした、懐に金がたまった農民たちが、家族連れで買い物、食事を楽しむハレの場であった。)

ことに、甲府盆地東部の峡東地方の農家は、江戸時代中期以降こぞって養蚕を生業としたものである。峡東地方の民家の特色である「切り妻出窓屋根様式は、自宅を養蚕のために最適化した例である。峡東の農家は、他の地域に比べ、一様に大きな家を構え、養蚕の現金収入の実入りの大きさを物語っている。このため、その年の養蚕の成果が農家の暮らしに与える影響も大きく、地域の繁栄を守ってくれる道祖神に養蚕の神様である蚕影山を併祀したのも当然といえよう。

 この山梨の養蚕は、明治期には製糸業とともに、山梨の経済発展の原動力となった。明治初期、山梨の生糸を天秤棒でかついで、笹子、小仏峠を踏破し、横浜港での貿易で巨利を得た山梨県人たちは、東京に進出して、電力、鉄道等基幹産業を牛耳り、「甲州財閥」と呼ばれたこともある。このことは、地域の記憶として永遠に語り継がれるべきものである。
 山梨における養蚕業は、昭和50年代急激に衰退し、山梨県養蚕連合会の解散とともに、数百年に及ぶ山梨での産業史の幕を閉じてしまった。年にたった一度、道祖神祭のときだけ各戸で作られる繭玉団子。たかが繭玉団子であるが、今やわれわれの地域から喪われた養蚕の歴史を思い出させてくれる唯一の貴重な証しとなってしまった。

道草

因みに明治における日本の主な輸出品はお米とシルクしかありませんでした。ですから外貨獲得のために製糸業に力を入れました。その名残が昨年世界遺産に選ばれた群馬県富岡製糸場です。この甲州におきましても製紙業は盛んで、甲州の商人は今の20号線甲州街道を経て16号横浜に製糸をはこびました。その名残が横浜にあります。当時まだ鉄道はありませんので馬車で製糸を運びました。この街道沿いに棚(店)を作りました。おそらく甲州と横浜のあいだ八王子あたりにもあったでしょうか。お店は大通りに面し、荷物は裏通りから搬入しました。それがYOKOHAMAの馬車道なのです。甲州から横浜へのルートは日本のシルクロードと呼ばれ、絹の他にも・・・・それは甲州弁です。じゃんじゃんは横浜の言葉ではなく甲州弁なのでした。理由は上記の所以です。文化や流行は高いところから低いところ田舎や辺境に伝播します。当時のYOKOHAMAはまだ小さな漁村です。甲府は幕府直轄であり、武田信玄の時代より当時としては大都会だったのです。

 1/14日よる七時半に上芦川のどんど焼きに行ってきました。煙にあたってお団子を食べてみなさんの健康を記念いたしました。そして翌日はその灰を頂きましたので家の周りに撒きました。家内安全や厄除け魔除けの為です。
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by someday3601 | 2016-01-19 23:47 | 歳時記

収穫祭

                   
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        どれどれムムム・・・もう刈入れOKですワン!!            
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どっかで見たことあるような?あっ・・・傘地蔵!
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だから青い傘を掛けたんですね~~~
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自家菜園のカボチャの花
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圧倒的に雄花が多く、そのため受粉を助けないと受粉率が下がってしまうらしい。
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夕顔の花
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夕顔・・・なんとも風情のある御名前です。
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柘榴(ザクロ)
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林檎
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無人販売所・・・日本人ならばのマーケット!!頂いた野菜や果物の代金を精算箱にセルフで入れるのです。日本人ならではのものですね。さっきの傘地蔵ではありませんが・・・・通じるものがあります。そうか・・・賽銭箱か!!
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無人販売所に立地なし?・・・玄関先だってOKです。

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by someday3601 | 2015-10-02 22:17 | 歳時記

民話


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こんなお転婆に育ったけどアルボ様が好きなんです。
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こうして待っておりますが・・・年に3~4度は会いに来てくれます。
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最近は釣り人のマナーが悪くガラスの破片や釣り針、釣り糸が空き缶があちらこちらに
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    これは新生物?湖にクラゲと思いきや・・・・保冷剤の中身・・・・人間はほんとうにいやらしいね。民話の浜が汚れるわ!!
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by someday3601 | 2015-07-26 16:59 | 歳時記

ワイルド ストロベリー

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義理の母から頂いたワイルドストロベリー。室内で鉢植えしていましたが、数年前から庭の石垣に。寒さが厳しいのでどうなるかと思いましたがドンドン増えています。母から頂いたものなので大切にしてます。多年草ですからもう7、8年は河口湖に根付いています。最初に上尾で育てた物を頂いてから、ほどなく母が脳腫瘍を患わったのでなんとしても枯らす事なく、母同様に労ってまいりました。ですから白い花を咲かせ赤い実がつくと嬉しくなります。ワイルドストロベリーは幸せを運ぶ植物なんだと母が言ってました。・・・今では石垣いちご農園状態です。それは真っ赤な。

こちらは本当のはなし・・・文献より

花言葉「幸せな家庭」はイチゴと同じ花言葉で、次々に赤い果実をみのらせ、親株の葉のわきからランナー(子づる)を伸ばして増えていく姿を、人間の家族にたとえてつけられています。

ワイルドストロベリー はヨーロッパでは、幸運と幸せ(Lucky & Love)を運んでくれるといわれ、アメリカでは奇跡(Miracle)を呼ぶといわれています。

日本では、ワイルドストロベリー を育てて結婚できたという幸せを呼ぶワイルドストロベリー伝説が話題になったことがあります。

花言葉「尊重と愛情」は、果実にミネラルが多く含まれ、葉のハーブティーには鎮静作用や健胃作用などがあり、家庭でジャムなどや薬用として重宝されていることからつけられたのでしょう。ワイルドストロベリー は同じ場所に植え続けていると、株が小さくなり、実も少なくなったので、子株を取って鉢に植え替えています。



かなり実がなっていたので摘んでみました。午前中にゲゲゲの女房が洋梨とアプリコットと洋ナシのタルトを焼いていましたので残ったアプリコットと合せてお昼のデザートにしました。ヘビイチゴに似ていますが味は甘酸っぱいです。ヘビイチゴの花は黄色で果実は味がありません。ヘビが食べるからヘビイチゴではなく、そのイチゴを食べに来た動物をヘビが狙うからヘビイチゴと言うのだそうです。ちなみにワイルドストロベリーの花は白です。

またまた文献より

イチゴ類は寒い地方でも人足まれな森林でも育つため、妖精の民話がつきものです。ドイツのバイエルン地方では、牝牛の角の間にイチゴ入りのかごを結んでおくと、妖精が喜んでたっぷり乳を出させてくれる、と伝わっています。
ワイルドストロベリーは、生でそのまま食べることができますほかにも、ジャムやシロップ、ケーキやアイスクリーム、パイなどにも利用できます。また、冷たい飲み物に浮かべたり、リキュール、ワインなどの風味付けに使っても面白いでしょう。ワイルドストロベリー実には、ビタミンC、鉄分などが豊富に含まれているので貧血に効果があり、腎臓、肝臓を強化します。根には利尿、整腸作用があり、潰した果実を皮膚の炎症、火傷などに外用します。
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うちではミニチュアダックスの海がよくつまみ食いしてます。



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by someday3601 | 2015-06-11 16:48 | 歳時記

桃源郷

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by someday3601 | 2015-04-19 08:21 | 歳時記

桜隠し

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ゲゲゲの女房にとっては今シーズン初の河口湖で見る雪となりました。

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桜隠し・・・・桜の花の咲く頃に降る雪をいいます。


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by someday3601 | 2015-04-08 11:01 | 歳時記

早春賦

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芽が出ていたのにも気づかなかったクロッカスに蕾まで・・・いったいいつの間に・・・
昨年の11月に芦川の吾郎さんとホームセンターで買ったクロッカスです。春にゲゲゲの女房が喜んでくれるかなあと思い球根を植えたのでした。
クロッカスとギリシア神話

美しい青年のクロッカスは、羊飼いの娘スミラックスと恋に落ちます。しかし、神々は二人の結婚を許しませんでした。絶望したクロッカスは自殺し、残されたスミラックスを悲しみのどん底につき落としてしまいます。二人を哀れんだ花の女神フローラは青年をクロッカスの花に、娘をスミラックス(サルトリイバラ)の花に変えたといいます。

クロッカスには様々な色がありますが、全般の花言葉としては、

・青春の喜び

・切望
早春、まだ寒さも残るけれど暦の上では春を迎える頃に咲く花で、特に春に咲く花は青春の意味を含む事が多く
「青春の喜び」
という花言葉は古くヨーロッパにて春の訪れを告げる花とされてきたことに由来しています。
「切望」の花言葉は、温かい春を待ちきれず、早春に花を咲かせる様から言われています。

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花言葉は
「不屈の精神」「元気になる」

10月16日(世界食糧デー・ボスの日)の誕生花鋭いトゲをもつツルをあちこちにからませ、「猿も引っかかる」ことから、この名になった。雌雄異株のため、赤い実がつくのは、雌株。西日本では、「柏餅」の柏の葉の代用として、この葉で餅を包む地方もある。


まさかこれらを植えた時にはゲゲゲが心肺停止で病院に搬送されるとは思ってもみなかった。黄色いクロッカスの花言葉は『私を信じて』です。僕がゲゲゲに絶対に俺が治してやると言った言葉を信じて欲しい。そして一緒に元気になろうね。冬のあとに春が来ると言ってくれた友人たちもいる。



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by someday3601 | 2015-03-16 09:29 | 歳時記

2月23日は富士山の日

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10年以上住んでいますが河口湖の花火大会は初めて見に来ました。いつも仕事なので夕飯の後の散歩では何度も見ましたが。やはり冬花火は美しいです。夏のそれと違って夜空は澄み切っていますし、運がよければ富士山もうっすら写ってます。一眼レフならば問題ないでしょうか。

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花火にも動じない奴らです。
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これはアイフォンでとりました。
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                         雰囲気だけ楽しんでください。
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1月から始まった河口湖冬花火も本日で最終日です。2月23日の富士山の日をもって富士五湖に春を告げます。河口湖は今日は4月中旬の陽気で日中は20度近くまで上がりました。


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by someday3601 | 2015-02-23 21:36 | 歳時記