やまなしの情報や看板犬の日常を南総里見八犬伝ならぬ南都留富士見4犬伝でリポートします。


by someday3601
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FAMILY HISTORY

NHKでFAMILY HISTORYなる番組があります。とても興味深い。我々の祖先はあのチンギズ・ハーンが築いたモンゴル帝国の侵略を二度も防ぎ。応仁の乱や・疫病・大飢饉・戦国時代にも生き残り、近代においては日清・日露戦争に勝利した。太平洋戦争においては大東亜共栄圏を拡大した。大東亜共栄圏(文献抜粋)(だいとうあきょうえいけん、Greater East Asia Co-Prosperity Sphere)は、欧米諸国(特に大英帝国アメリカ合衆国)の植民地支配から東アジア東南アジアを解放し、東アジア・東南アジアに日本を盟主とする共存共栄の新たな国際秩序建設を目指した、第二次世界大戦における日本の構想である。敗戦間近の各地での焼夷弾空襲や広島。長崎の原爆の中も生き抜き、そして高度成長を成し遂げたそんな人たちを祖先に持ちます。生き残った者たちの子孫なのです。

自分の祖先や先輩が何を成し遂げたのかもいいですが、どう生き切ったのかを知ることそして家族に伝えることは大事なことのように思います。ノンポリとかしらけ世代と言われた僕らですが戦争という罪と罰は後世に語り継がねばならないと思います。

いつの世も今の若い奴らは何考えているのかわからん!!と若者を指して言った。15、6の頃は一番荒れていたのでしょうか尾崎豊でしたね。停学中に担任が定期的に家庭訪問に来た。自分のこと言われるのは分かるが、親父と戦争の是非について語ってた。戦争反対ラブピースみたいな正論ぶちまけて・・・・関係ないだろう・・・お茶なんか飲んでないで早く帰れはと思ってた。担任は勉強は出来るのだろうけど人間的には・・・・・・。この後自分が更生したの少なくとも学校は関係なかった。3年B組の金八先生はいなかった。当たり前だよね・・・そもそも学校でこれは良くないことだなどと教える場ではない、問題は家庭にあって学校は勉強する場所なのだから。面倒は御免だから厄介者なわけ。

でもあの時の親父の心境はどうだっただろう。戦争当時は思想・言論・メディア統制されていていやがおうもなかったはずだった。じゃあ先生よあんたのオヤジはどうしてた?あんたも同じ時期に生まれていたならば・・・・これからはともかくも過去のことは教訓にするしかないのだよと。親父やその祖父たちが日清日露に勝利し、太平洋戦争もまさか日本が負けるわけないと信じてやまない当時の時代の産物ならば、担任は担任で学生運動に参加した世代だからこれもまた時代の産物だったのだろう。そしてノンポリとかしらけと言われた自分たちは担任からすればもっと許せなかったのかもしれない。

去る8/5はそんな父親の誕生日だったのと広島・長崎・終戦記念日のある8月だから少し書いてみました。長崎で生まれましたがルーツは薩摩です。大園(おおぞの)という名は現在の鹿児島に多いです。名前は勲(いさお)やはり当時は勇とか勇敢な名前が世相をあらわしていたのでしょう。自分の親父の最終学歴も知りませんが長崎の三菱造船所で電気設計技師をしていました。お国のため家族を守るために赤紙を待たずに軍隊に志願しました。上官から相当殴られたそうですが身長が180CMあったのでなかなかビンタが届かなかったみたいです。笑い。水戸の駐屯地などにいて家族は長崎ですから休日に誰も面会に来ないので休暇を売ってお金儲けをしたそうです。軍隊にはなんでもあって・・・酒もタバコも女も・・・電気技師をしていた為か電気に詳しいものだから司令部にいたそうで最終的には見習い将校だったそうです。そしていよいよ特攻隊で出撃する間近に終戦を迎えました。もういつ零戦に乗って出撃命令が出るかわからないので女遊びもしたし気持ちを高揚させるためにヒロポン(覚せい剤のよな)を打っていたそうです。

終戦後は進駐軍がきて軍隊で表彰されたときの銀時計など全て没収されたそうです。そして宮城(皇居)に行き、おそらく天皇陛下に負けたことをお詫びしにそして先に逝って軍神となった仲間を弔ったのです。そして今の上野の地下街でホームレスに助けられたと聞いています。まあ空襲のあとだからどこもかしこもホームレスで溢れていたのでしょうが。戦争は絶対起こしても参加しても巻き込まれてもいけない。父親の故郷は長崎なので被爆者の親族も多い。ただもう多くは他界しているが過去の過ちを教訓に戦争の悲惨さを伝えなければならない。自分は幼少期に横須賀で育ったので叔母がアメリカ人の主人と結婚している。将に戦後日本の平和の象徴だろう。でもあえて言わせてもらうならば今の世の中で焦臭いのは先の大戦で勝利した戦勝国の面々だろう。今もどこかで軍事介入したり、空爆したり、領海空侵犯したり、植民地的経済支配したりする。いつも言うがこの場合その国の人々を指すのではなく一国のリーダー達を指すものである。そしていつの世もしっぺ返しは民衆であり戦争に翻弄されてしまうのでした。

 軍隊で洗脳されお国のために家族のためにと命をかけたものの、終戦後は生き残ったことへの罪悪感や家族や仲間・家や会社やその全てを失った喪失感、戦犯扱いで苦しんだ・・・・シルベスタ・スタローン主演映画『ランボー』のジョン・ランボーのように・・・・・そんな父親の生きていれば89歳の誕生日でした。当然ながら戦争のことはあまり話したがらなかった。でも今はもっと知りたかったし聴きたかった!青春時代の親父がどう思いどう生きていたのかを・・・・あした死んでしまうってどんなだったのか?家族が戦死するって?原爆の恐ろしさを・・・・
 

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by someday3601 | 2015-08-06 22:53 | 爺論好論(じろんこうろん)