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やまなしの情報や看板犬の日常を南総里見八犬伝ならぬ南都留富士見4犬伝でリポートします。


by someday3601
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ネイティブ

ナイトミュージアムのワンシーンです。サカガウィアについて調べてみました。

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彼女は1788年に、平原インディアンのショーショーニー族として生まれた。丁度その頃は平原部族の間で天然痘が流行し、多数の死者が出ていた。ショーショーニー族の天然痘による被害は稀だった。ノースダコタ州ミズーリ川河口に定住していたヒダーツァ族はショーショーニー族が住む、モンタナ州ロッキー山脈の山岳の方へと移動、そこでヒダーツァ族の戦士はショーショーニー族を襲撃する。男4人と女4人が殺され、その時、生き残った彼女は10歳か12歳でヒダーツァ族の村に捕虜として連れ去られた。その後、彼女はマンダン族に引き取られ、さらに西部各地のインディアンと毛皮の取引をしていたフランス系カナダ人の商人トゥーサン・シャルボノーToussaint Charbonneau)に引き取られ、シャーボノーの妻のうちの1人となった。
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トマス・ジェファーソン大統領は、全米の地勢を把握するために、当時白人にとって未知領域だった西部を探るため、命令で30名余りの兵士で構成した遠征隊を北西部へ派遣した。1804年5月14日、ルイスとクラークの率いる遠征隊がミズーリ州セントルイスの近くの基地を出発し、三隻の船に分乗して、ミズーリ川を溯った。冬が近づく10月下旬にようやくマンダン族の領土にある「マンダン砦」に到着。彼らはここで越冬の準備をした。そこでルイスとクラークは、シャルボノーの妻である、当時16歳だったサカガウィアに出会った。彼女の通訳の才を見抜いたルイスとクラークは、西方への途上でのインディアン各部族との通訳にと、彼女を通訳ガイドとして夫シャルボノー諸共雇い入れる事にした。


1805年2月11日、越冬中のマンダン砦で、彼女は男児を出産した。この男の子はジャン・バティスト・シャルボノーJean Baptiste Charbonneau)と名付けられた。
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16歳のときに赤子を背負いながら、ルイスとクラーク遠征隊に同行した。この探検で重要な役割を果たし、白人に寄与した「良いインディアン」として、アメリカ合衆国建国神話の重要な人物であり、1999年にアメリカの1ドル硬貨の肖像のモデルに選ばれ、2000年には金色の硬貨も造られた。またノースダコタ州とオレゴン州に赤ん坊のジャン・バティストを背負って旅をする姿をした彼女の銅像が建てられている。その後サカガウィアは25歳の若さで亡くなったとされる。しかしこののちもなお生き延びたとの説もあり、以後のいきさつについてはよくわかっていない。探検の最中に出産した息子のジャン・バティストは1886年まで生きた。


本当のところはどうなんでしょうか・・・・人身売買なのか助けられたのか・・・何番目かの妻にされ16歳で母になる。幸せの象徴かのように生まれた子供も彼女自身もいいように利用されたのかどうか?アメリカの建国史では英雄的な伝説となっているようだが・・・新大陸発見と称し・・・一方では侵略の歴史である。産業革命ののちにヨーロッパの列強は新天地を獲得のために世界中に進出した。南北アメリカ大陸をはじめオセアニアやミクロネシア・アフリカ・・・中国や日本もそのターゲットであり、NHKの大河ドラマの花燃ゆがまさにその当時の日本の動乱を描いております。かくいう近代日本も中国や朝鮮半島、インドネシアやビルマ、フィリピンや先日天皇陛下がゆかれたパラオなどへの侵略の歴史があったのです。悲しいかな・・・いつの世も弱いものが犠牲になる弱肉強食の世界なのですね。日本国内だってアイヌや琉球のこともあります。

勝てば官軍・・・貨幣の文献で上述の白人に寄与した『良いインディアン』としてという表現がいかにもいやらしいですね。ネイティブインディアンはどう思っているでしょうかね。????????あまり追求してしまうと映画がぶち壊しになっちゃうからこのへんで・・・・

本日のリクエストは浜田省吾で『インディアン・サマー』でチェケラウト!!インディアン・サマーは日本でいうと小春日和のこと



by someday3601 | 2015-04-13 08:46 | WILD LIFE