やまなしの情報や看板犬の日常を南総里見八犬伝ならぬ南都留富士見4犬伝でリポートします。


by someday3601
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湯村温泉郷 塩澤寺の厄除け地蔵尊

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2月13、14は甲州に春を呼ぶ福田山 塩澤寺(えんたくじ)の厄除け地蔵尊祭りに行ってきました。
勉強のため折角ですから調べてみました。文献より

開創 弘法大師空海上人

 大同三年(808)年、真言宗の祖 弘法大師空海上人が諸国を衆生救済の行脚ををされたおり、当地にて厄除地蔵菩薩の霊験を感ぜられ、大師自らが、6寸あまりの坐像(現在は秘仏であって、公開は一切しない)を彫刻され、その尊像をご開眼されたのが、当山の始まり(開創)です。

以来、救いを求める老若男女が参拝いたしました。

開基 空也上人

天暦9(955)年、空也上人(踊念仏の高僧)が、全国遊行の途中、その素晴らしい霊験著しきに6尺有余の開扉仏(公開されていつでも参できる仏)を彫刻安置し、それより福田山 塩澤寺(開基)といいます。

更に、大覚禅師(鎌倉  臨済宗建長寺派の祖で中国宋の出身の人)も霊験に驚嘆したといわれいいます。                                                         
  時代は下って、徳川家光の治世の1643年、湯村には、京都から良純親王(京都 知恩院初代門跡)が幽閉されて、その住まいがありました。良純親王は、御陽成天皇の第八皇子です。天皇の怒りに触れて、都を追われて甲斐の国に流されたのです。その当時の湯村は、「湯島村」と呼ばれていた湯村は(湯ノ島、湯志麻とも伝わっています)、「島」という字があると島流しのようであるから、良純親王を気遣って「島」をとって、「湯村」に改名したといわれています。良純親王は、信仰深く、地蔵尊を拝して、祭りをさかんにするなど、当山の興隆に関わったといわれています。都への帰還を祈っていた良純親王は、甲府下積翠寺町の興因寺、西八代郡三珠町の薬王寺と移り住んだ後、晩年、その願いかなって、都に戻ることができました。

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参道は人人で溢れかえっていました。通行規制の中迷惑ながら空・海・久も参拝です。何しろ空海上人ですから空と海が行かないわけにはいかないのです。
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お賽銭させて頂き家族・ファミリーの厄除け厄払いをしてきました。
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空・海・久も晴れ晴れしい顔をしてます。
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記念写真ではい・ポーズ!!今度はお母さんも絶対一緒に来ようね!!
お父さんは屋台で大阪タコヤキとどこぞのイカヤキに長野のオヤキを買ってご満悦。僕たちにはないの?
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それでもみんなの厄払い厄除けにお守りを買ってお母さんの待つ病院へ行きました。お母さん今年はいい年にしようね。

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by someday3601 | 2015-02-16 10:29 | 歳時記